新西国三十三箇所第25番、神戸十三仏霊場第4番、神戸六地蔵第1番、
播州薬師霊場1番
天台宗の寺院として、973年(天延元年)12月8日の年紀をもつ「播州太山寺縁起」によると、藤原鎌足公の子・定恵和尚が開山、 716年(霊亀二年)公の孫・宇合(不比等の子)の建立と伝えられています。
1334年(建武中興)の時は、朝敵北条勢を討つため当寺衆徒のめざましい活躍があり、寺運は栄えこの地方の一大法城と して南北朝時代には支院41ヶ坊・末寺8ヶ寺・支社6ヶ社をもち僧兵も養っていたとされます。現存の本堂は、神戸市内唯一の国宝。
当時の栄華を物語る「播州太山寺伽藍之圖」にも「石童丸生家」(左下)として記載があります。
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本堂 (国宝 鎌倉時代)
創立は不詳。1285年(弘安八年)の火災で前身の建物が焼失し、1293~99年 (永仁年間)に再建された。規模は、柱真真間で正面20.82m、側面17.76mと大きい。
三重塔 (県指定文化財)
心柱宝珠柱の銘と棟札から1688年(貞享五年)の建立とされている。各層四隅の尾垂木の周りには邪鬼を置いている。初層内部の須弥檀には、等身大の大日如来座像及び四天王立像が安置されている。
仁王門 (重要文化財 室町時代)
三間一戸の八脚門で、入母屋造り、本瓦葺きで、棟高は8mもあります。もともとは重層の楼門でしたが、上層部を撤去し、軒回りも小さくして現在の形となりました。中央部分を開放し、両脇間は金剛柵を正面と内側にして、上に菱欄間を付けて仁王像を納めています。
安養院庭園 (国記念物・名勝)
太山寺塔頭寺院の一つで安土桃山時代、八葉蓮華と賛えられる三身山を借景として作庭された枯山水の書院前庭で、龍安寺方丈石庭など多くの枯山水庭園にみられる砂庭式枯山水ではなく、蓬莱神仙思想を豪壮な石組みで表現した枯池式枯山水である。
書院は神戸市北区にあった江戸時代中期(1730年代)築の茅葺民家2棟を移築し連結したもので、景色に溶け込み静かなたたずまいをみせています。
◆公開日: 4月27日~5月5日、11月15日~30日
当社の西には、昔、太山寺から明石城に水を引いた、掘割疎水の取水口があり、石童丸伝説も残っている。